やる気はあってもなくても
本日小学算国、中2、高校生。
小学生はどうしてもその日ごとにやる気の波があって、もりもり取り組む日と全く動きがない日との差が出る。
誰しもそういう波、差はあって、それはそれでいいとは思うのだが、勉強に取り組んで成績を伸ばそうとすれば、振れ幅が小さくなった方が良い。
「うちの子はやる気がなくて」「もうちょっとやる気が出てくれれば」というのは面談するとお家の方から必ず出てくる言葉だ。
それとは逆に「やる気があるからやる」「やる気が出たときはやる」というのはどうだろう。
「やる気がある」ということで良いように思えるが、「やる気がないからやらない」と「やる気があるからやる」は表裏一体で、実は根は同じだ。
どちらにしても「やる気」に行動が左右されていることになる。
それでは先に述べた振れ幅が小さくなることはない。
大事なのはやる気があろうとなかろうと、やるべきことにきちんと取り組めるかどうかだ。
そのためには気分に左右されない仕組み作りが必要になる。
勉強に取り組む時間を決める、ノルマを決める、自分の生活の中で優先順位をつけて片付けていく、など、継続できるような仕組みを自分で作っていくようにするのだ。
そうやって正体のわからない「やる気」に左右されない仕組みを作り、継続できるようになれば、やがてそれが習慣となっていく。
やる気はあってもなくてもいいと思う。
大事なのはやる気に左右されない、自分を動かす仕組みを自らつくって行動していくことだ。
もちろんそれが難しいことは百も承知ではあるのだが。